呼び方にはプレイヤーの思考が宿る
バトルグラウンドの構成名は、たいてい使うミニオンやメカニズムで決まる。ディープブルーナーガ、超電磁メカなどが代表例だ。ところが英語圏の構成名には、一つだけ雰囲気の違う言葉がある。
Venom Scam である。
直訳は「毒詐欺」。詐欺の中でもなんかセコいニュアンスがある言葉で、意訳をすれば「毒によるズル」を意味する。

HSReplay.net の構成リスト。だいたいはカード名やメカニズムなのに、Scamだけが比喩。
(補足)バトグラは配られたミニオンを組み合わせ、自分の盤面を強くするゲームである。よく使われるミニオンの組み合わせを、プレイヤーたちは構成と呼ぶ。
構成名を含むゲームの非公式用語には、これまで遊んできたプレイヤーの感情や考察の痕跡が残っている。この記事では私が好きな英語圏のバトグラ用語をいくつか紹介し、そこから見えてくるプレイヤーたちの思考を紹介する。
Scamは構成名なのに悪口
冒頭で触れた通り、この名付け方は独特だ。他の構成はたいてい公式のキーカードやメカニズム名から名前がついている。ところがScamだけは、遊んでいる人がどう感じるかという感想、もっと言うと悪口が名前になっている。
バトグラは本来、ミニオンを大きく育てて戦うゲームだ。最初はせいぜい10程度の攻撃力・体力しかないミニオンを成長させ、最後には数百から数千の能力値まで育て上げて7人のプレイヤーと競い合う。
しかしscam戦術が使う毒袋ミニオンは、どんなミニオンでも一撃で倒す能力である。「バトグラはミニオンを育てて戦う」というゲーム性、ともすれば規範意識を真っ向から否定する。
特に育成をうまく進めて勝ちを確信した人に対しては、その勝算を裏切るような構成でもあって、少し騙しのニュアンスを含む。だからずるくて、悪口の対象になるのだ。

出遅れたときによくやるScam構成。2位を取れて万々歳。
海外のHearthstone公式掲示板には、"Poison/Venom is unfair in BG"(バトグラで毒は不公平だ)というタイトルで、おそらくはscam構成にscamされたであろう者の怨嗟のこもったスレッドもある。こういった感情を揺さぶる性質が、一風変わった構成名で呼ばれ続ける理由になるのだろう。
そして実践的な話をすると、このscamという言葉のイメージを念頭に置くことで、この戦術を選ぶべきタイミングが見えやすくなる。「相手より成長が出遅れている。まともにやっても勝てないなら、もうずるいことをするしかないじゃん」という思考の流れが、構成の名前としっかりかみ合っている。
こういうふうに、良い比喩は上達を助けてくれることがある。たとえば包丁を持つときの「猫の手」、格ゲーの「置き技」のような言葉があれば、細かい手順を説明されずとも一語でイメージを持つことができる。
「毒構成」という言葉だけを知っていた頃より"Scam"という概念を持ってからの方が、この構成を自然に、かつ楽しく選べるようになった。これが、私がこの表現を好きな一つの理由だ。
他のゲームを遊ぶと見える景色
海外の用語には、もう一つまた異なる面白さがある。
このゲームで使われる言葉はすべてがゼロベースで生まれたものではなく、類似するゲームから借用されることもある。
バトグラというゲームは、麻雀とカードゲームを足して2で割ったようなものだと思っている。酒場に配られたミニオンを選んで、強い手を作る要素は麻雀に近い。一方でカードそのものに効果があり、相性の良い組み合わせを探っていくのはカードゲーム的といえる。
そういうゲームだから、プレイヤーたちはしばしば似たゲームの用語を転用することがある。
「受け」と "enabler"の借用
日本語では、コンボの片割れになるミニオンを「受け」と呼ぶことがある。今すぐ完成形になるわけではないが、次に引くミニオン次第でなんらかの構成へつながるカードである。
これは麻雀に由来する考え方で、ミニオンを牌、構成を役に置き換えればそのまま成立する。
それに近い概念として、英語圏には"enabler"という表現がある。構成を「可能にする」カード、という意味だ。
Magic: The Gatheringの、配られたカードでデッキを組むリミテッドでよく使われる言葉で、特定の戦略やシナジーを成立させるカードを指すようだ。
すなわち、日本語圏と英語圏で親しまれている別のゲームから別の言葉があてがわれている。ただしこの概念は完全には一致せず、それぞれのプレイヤーがどのゲームを経由して、どの言葉で考えてきたかによって、同じバトグラの見え方が少し変わることがあると思う。
言語学には「人間の思考は、使う言葉による影響を受ける」という考え方があるようで(サピア=ウォーフの仮説)、大げさに言えば今回の事例もそれに当てはまるのかもしれない。
同じように、たとえばShadowverseから来た人が「くっつき」とか「面数」という独自の概念でバトグラを議論していたことが印象に残っている。そこには、各々のプレイヤーがこれまで遊んできたゲームに特有の視点が出るもので、そこが面白いし、上達のために他の言語圏やゲームコミュニティの概念を知りたくもなる。
「受け」と "enabler"の違い:逆から引いてもよいか?
さて、この2つの概念の違いとは何か。
日本語の「受け」は、ミニオンを引く手順が逆になることをある程度許容する。
(補足)麻雀で3つの連番の手を作るとき、3→4→5or2 と引いてもよいし、5→3→4 と引いてもよい。後者は前者よりも最後の牌を引き当てられる確率が低い手順だが、それでも組めないことはなく、順番に関して寛容な方である。
他方で"enabler"は、構成の入口になるenabler と、それがいるときに強く使える"payoff"(報酬になるカード)の役割をはっきりと切り分ける。
例えばメカ構成であれば、「スクラップ・スクレイパー」は単体性能を持ちながら構成の入り口になるenabler、「独創的な発明家」は超電磁供給を持っていて初めて活躍するpayoffという整理だ。


実態は二つの間にある
「では、どちらの概念がより正確か?」と気になる人もいるだろう。
この場合は片方が優れているとはいえず、バトグラにおける実態はこの二つの間にあるのではないか。
バトグラのミニオンの中には、単体でそれなりに仕事ができるカードと単体では活躍しにくいカードがあり、前者が受け(enabler)に向く、後者は受けがいないと取りづらいという傾向はある。
ただし実戦では順序が逆になることだって珍しくないし、キルボアのように石供給と石強化の両側から参入しうる構成もあったりして、どちらがenablerでpayoffか一概には言い切れない。


ニワトリが先か、卵が先か
こういった実践例を考えると、バトグラのミニオンにはenabler 、payoff的な役割の濃淡があるが、逆(payoff)から取っても成り立つことがある、というのが実態だ。
引く順序の前後に寛容な受けと、役割をはっきり切り分けるenabler/payoffという概念は、この実態を両側から挟み込んでいる。
これまた実用性のある概念だ。受けの考え方に慣れた日本のプレイヤーにとっては、どのミニオンが enabler、 payoff かを意識的に切り分けてみることで、新たな視点が得られるはずだ。
「何を取ると何が取れるのか?」「逆にPayoffから取る選択肢はリスクに見合うのだろうか」といったように、構成の流れをはっきり切り分けると、バトグラをより深く理解できるのかもしれない。そういう気付きを得たくて、たまに海外のコンテンツを漁ったりしている。
Scamのもう一つのずるさ
そしてもう一度、先ほどのscamに戻る。
venom scamがずるいのは、でかいミニオンを倒せるからだけではない。実はscamは通常の構成とは異なり、特定の「受け」ミニオンを必要としない。
トッププレイヤーのJeef が監修するHSReplay.netでは、構成ごとに典型的なenablerとなるミニオンが解説されている。それによるとscamの enabler は、なんと getting outscaled(意訳:盤面の成長が他より遅れていること)と書かれている。
enablerなどない。正面からサイズ勝負をしても勝てない状況から入れることが、Scamの特異性を示している。

HSReplayより。普通、ここにはミニオンの名前が入る
もちろんscamの中にも細かいコンボはある。しかし受けや enabler というバトグラの根本的な概念を意識しなくても戦えてしまうことが、また道理に反していてずるいと思う。この無法さも言い表せるのが、私がscamという表現を好きなもう一つの理由だ。
海外の言葉で宝探し
こうした非公式用語は、当然ながらゲームがリリースされた当初からあったわけではない。
プレイヤーたちが実際に遊ぶ中で毒にミニオンを破壊されて、勝つために構成の組み方を考え抜くうちに、少しずつ生まれていった言葉である。
こうした用語には、やりこんだ人たちがバトグラをどう捉えているのか、その痕跡がどうやっても残る。
海外の用語を知ると、日本語ではまだ名前がついていない感覚が見えることがしばしばある。リリースからまだ6年のゲームであるから、言語圏別の用語が完全には混ざり合っていなくて、そこに宝探しの余地がある。
勝ちたいだけならばもっとよい近道があるだろう。
しかし私はこういう文章を書く人間でもあるので、こうした言語圏ごとの概念の違いと、それによって新たに見えてくるバトグラの捉え方を興味深く思っている。
かつてなく変な切り口の記事になったが、こんな話を面白がってくれる人がいればうれしいし、「こういう例もあるよ」という方がいたらぜひ聞かせてほしい。
参考・関連リンク:
JeefHS, Direction Explained By a Pro | Hearthstone Battlegrounds Guide
今回紹介したenablerの概念と、構成を決めるときの考え方を詳しく説明した動画。解説しているのは世界トップクラスのプレイヤー、jeef。
HSReplay.net, Battleground Comps
構成ごとのTierやコアになるカード、入り口(Common Enabler)が網羅的に解説されているありがたいサイト。とても有益。
なぜ初手の「無害なボンクラ」は強いのか? ――バトグラで重要な「受け」の話
筆者が以前書いた、日本語の「受け」の概念についての解説。
ゆる言語学ラジオ, 「言語が思考を決定する」。サピア=ウォーフの仮説はなぜ生まれた?
筆者が最近はまっているチャンネルで、この記事を書いた動機。先ほどさらっと紹介した「サピア=ウォーフの仮説(Wikipedia)」を、言語学を知らない人にもわかりやすく説明している。
画面右上のセクションの名付け方が好きで、この記事のセクションもそれをリスペクトして名付けた。
海図, ゆる言語学ラジオ 水野太貴はなぜハースストーンをプレイするのか
参考文献ではないのだが、上の動画の水野さんに関連して面白かったので紹介。この記事で取り扱った非公式用語とはまた異なり、ハースストーン公式の英→日翻訳の面白さがウィットに富む文章で語られている。






















